2020/9/22 さきたま古墳公園

さきたま古墳公園で散歩

今日もどこかを歩きたいと妻が言うので、4連休の最終日は、以前から気になっていた行田市の「さきたま古墳公園」へ出かけてきた。下調べはほとんどしていなかったが、園内を歩ければよいというくらいの気持ちで自宅を出た。

9:45 さきたま古墳公園の駐車場に到着

車を降りると西側に広々とした緑の芝生が広がっており、周囲の雰囲気がとてもよいと感じた。来る前はそれほど乗り気ではなかったのだが、すぐに気に入ってしまった。

普通車300台近くが停められる駐車場。
公園内の掲示板で位置関係を確認してスタート。
歩き始めてすぐにハグロトンボを発見。

丸墓山古墳

まずは日本で一番大きな円墳と言われている丸墓山古墳へ向かう。

丸墓山古墳は、直径105m、高さ18.9mと日本最大規模の円墳で、6世紀前半に造られた。稲荷山古墳同様に上ることができ、「忍城の戦い」で石田三成が本陣を置いたと云われています。

丸墓山古墳の階段にいた小さなカナヘビ。
丸墓山古墳の上から眺めた行田市。
映画「のぼうの城」の舞台となった忍城(おしじょう)が肉眼で見えた。

忍城は、文明年間(1469~1486)に山内上杉氏配下の豪族成田親泰が築城したと云われ、関東七名城の一つに数えられる。【他は、太田城(茨城)、宇都宮城(栃木)、唐沢山城(栃木)、金山城(群馬)、前橋城(群馬)、川越城(埼玉)】 明治維新の戦火もくぐりぬけたが、明治6年に競売、解体されてしまい、現在のお城は1978年(昭和63)の再建である。

稲荷山古墳

次は稲荷山古墳へ向かう。

稲荷山古墳は5世紀後半に造られた前方後円墳で、埼玉古墳群の中で最初に出現しました。古墳の上に稲荷社があったことが名の由来です。前方部は1937年(昭12)に壊されたが、1997年(平9)からの復原整備で古代の姿に戻されました。墳丘の全長は120m、高さは12m近くあり、周囲は2重の堀が巡っています。

稲荷山古墳も上に登れて、発掘同時の状況がわかるようになっていた。
次は将軍山古墳へ向かう。
公園内は緑があふれ、気持ちよく歩ける。子供たちの遊び場としても最高ではなかろうか。
大きな黄色い花が目についたが、後で調べるとキクイモだった。

将軍山古墳

将軍山古墳展示館に寄ってから、前方後円墳の将軍山古墳を眺めた。

将軍山古墳は、1894年(明治27)に地元の人びとにより発掘され、横穴式石室からは馬用のカブトである馬冑(ばちゅう)や、環頭大刀(かんとうのたち)など、多くの副葬品が出土しました。その後、墳丘や堀の復元とともに、再現された石室内部が見学できる将軍山古墳展示館が設置された。尚、副葬品の実物は、本館の国宝展示室で拝観できる。

二子山古墳に向かう途中で見かけたヤマブキ。

二子山古墳

二子山古墳に到着。墳丘に登ることはできないが、堀に挟まれた中堤は遊歩道になっていた。

二子山古墳は埼玉県では最大規模の前方後円墳で、墳丘長132.2mにも及び、後円部の直径は67.0mで高さは11.7m、前方部の幅は83.2m、高さは13.7mある。埼玉古墳群のほぼ中央に位置しており、6世紀前半の築造と推定されています。

草地でアジアイトトンボを見つけた。他にもショウリョウバッタやトノサマバッタがいた。
二子山古墳を横から眺める。

おまけのニホンアマガエル

帰る前にトイレによると思わぬところからカエルが顔を出していた。
ニホンアマガエル。ヌルヌルすると思ったら体表から毒の粘液を出すらしい。
ニホンアマガエルは東西で遺伝子的特徴が大きく異なることが分かったらしい。

アマガエルを逃がして帰路に就いた。また来ることがあると思うので、博物館などはそのとき見て回りたいと思う。思い付きで来てみたが、よい散歩ができました。

 

2021年2月4日お出かけ公園

Posted by UBo-Do