坂東三十三観音 第11番 岩殿山 安楽寺 (吉見観音)

吉見観音の三重塔を見に出かけた !

依然として新型コロナ禍の緊急事態宣言下にあって、天気もいまひとつ。トレーニング登山に出かける気力もなく、この週末はサボテンの植替えでもしようと思っていたのだが、妻がどこかへドライブへ行きたいと言う。

そういえば、今年は坂東三十三観音めぐりも始めようと決めていたのに、まだどこへも参拝していなかった。ちょうどよい機会だと思い、坂東三十三観音の第11番札所である岩殿山安楽寺 (吉見観音) へ出かけることにした。

落ち着いた雰囲気の境内に入ると、参拝客は我々を含めて数組だけだった。本来ならゆっくり見てまわるところだが、蚊に何カ所も刺されて、後半は急ぎ足にならざるを得なかった。まだこの時期は虫除けが必須であることを失念していた。

吉見観音の後は、吉見百穴にも立ち寄るつもりだったが、いまにも雨が落ちてきそうな天気に、蚊に刺された所がかゆくて仕方ないので、この日は吉見観音だけ見て回って帰宅した。

岩殿山 安楽寺 (吉見観音) とは

お寺の縁起によると、今から約1200年前、聖武天皇の勅命を受けた奈良時代の高僧・行基が、この地を霊地として聖観音菩薩像を岩窟に納めたことが始まりとされる。

源頼朝の弟・範頼が、幼少期に稚児僧としてこの寺に身を隠していたと伝えられ、頼朝挙兵に従った功により、範頼が当地の領主となった折には、所領の半分を寄進して寺院は大いに栄えたと云う。安楽寺の南東には「伝範頼館跡」と呼ばれる息障院があり、かつては安楽寺と共に大寺院を形成していたと云われる。

往時の伽藍は兵火によってすべて焼失し、埼玉県指定文化財となっている現在の本堂・三重塔・仁王門は、江戸時代前期に再建されたものである。復興に尽くして三重塔を再建したのは、下総国印旛郡出身の僧・杲鏡 (ごうきょう) であり、その弟子の秀慶が杲鏡の意志を継いで本堂を完成させた。

坂東三十三観音霊場の第11番札所であり、第9番の慈光寺、第10番の正法寺とともに、比企三山と呼ばれるとともに、関東八十八箇所75番札所、東国花の寺百ヶ寺埼玉5番でもある。

毎年6月18日は「厄除け朝観音御開帳」が行われ、秘仏である本尊の聖観音菩薩像が開張される。参拝は朝早いほどご利益が大きいとされ、当日は露店も並んで深夜から早朝にかけて大変な賑わいとなるらしい。

宗 派 真言宗智山派
御本尊 聖観世音菩薩
所在地 埼玉県比企郡吉見町御所374
連絡先 0493-54-2898
納経時間 夏 8:00-17:00 / 冬 9:00-16:00
駐車場 門前に無料駐車場あり

【御詠歌】吉見よと 天の岩戸を 押し開き 大慈大悲の 誓いたのもし 🎵

2021/9/12 (日) 参拝の記録

門前の無料駐車場に到着。
駐車場近くの道路脇に、多くの石仏が見られた。
道路の両脇には金剛力士像が奉納されていた。こちらは阿形像。
金剛力士・吽形像。
名物「厄除けだんご」を出してくれる門前の茶屋「どびんや」。
駐車場から安楽寺は数分の距離。
階段を上がって仁王門へ。階段脇には「坂東十一番 岩殿山安楽寺」の立派な寺号標が立つ。
境内入口に南面して立つ仁王門は、三間一戸の八脚門。元禄15年(1702年)の造立。
仁王門に安置された真っ赤な金剛力士・阿形像。
こちらは吽形像。金網の目が細かくて、クリアな写真が撮れなかった。
境内から見た仁王門。
境内の様子。
手水舎。
境内左手 (西側) にある薬師堂。
薬師堂の隣に建つお堂。
遍照金剛像 (空海) と大きな石碑は慰霊塔だろうか。
境内右手 (東側) には六地蔵を祀ったお堂や石碑などが並ぶ。
六地蔵。サイドの格子から撮らないと、六体すべてをカメラのフレームに収めるのは難しい。
古刹であることをうかがわせる立派な石碑が、境内のそこかしこにあった。
1790年 (寛政2年) の鋳造と伝えられる阿弥陀如来像。通称「吉見の大仏」は、威厳のある顔立ちで像高は3mを超える。
その左隣には端正な地蔵菩薩が静かにたたずむ。
阿弥陀如来像の右隣には鎮守社の山王社。
信心深い妻は、きちんとお香を焚いて参拝していた。
階段を上って本堂へ向かう。
本堂は1661年 (寛文元年) の再建で、江戸時代前期の建築様式を伝えている。
風格のただよう意匠。堂内の欄間には左甚五郎作と云われる「野荒しの虎」が納められている。
鮮やかな青で書かれた真新しい扁額。
堂内の様子。
正面左には大黒天。外陣西側の欄間には、左甚五郎作と云われる「野荒らしの虎」が彫られている。
石仏や石塔が並ぶ本堂の右手。
前掛けをしたお地蔵様。
本堂の右に建つ高さ24.3mの三重塔。本堂よりも古い寛永年間 (1624~44年) の建築で、誕生釈迦如来像を安置している。
和様の塔は、軒が深くてどっしり見える。ちなみに屋根は銅板葺き。
三重塔の手前にある太子堂。
太子堂の近くに並ぶ石仏群。
太子堂側から眺めた本堂。
本堂の裏手は石垣となっており、中央に「天の岩戸」がある。
行基が聖観音菩薩を納めた岩窟は、この「天の岩戸」であるとされ、現在は小さな大日如来が祀られている。
石垣に沿って本堂の裏を進むと、反対側に「八起地蔵尊案内」とあったので、石段を進んで寺領の奥へ。
本堂裏手の鐘楼堂。薄暗い林内は蚊が多くて、すぐに腕を刺された。
梵鐘。
鐘楼の隣のお堂に「八起地蔵尊」が祀られていた。1985年 (昭和60) の建立。
本堂裏手の石碑群。
ぐるっと回って、三重塔の横に出た。
古刹としての風情を感じさせるお寺であった。

※ これから観音巡礼を考えておられる方は、坂東三十三観音 公式サイトなどで最新情報をご確認ください。公式サイトには観音巡礼についての基本的な情報が網羅してあるので、とても役に立つと思いますよ !

2021年9月28日お出かけお寺,坂東三十三観音

Posted by UBo-Do